◆麗しの島(台湾)麗しの島(イル・フォルモサ)!台湾へ行ってきました♪ ほんの一部ですがご紹介いたします。 雲を下に空高く♪ 12/07風邪をかかえたまま台湾へ旅立ちました。 雲を下に従えて、もっと高く~ですね! 格安ツア-旅行なので、 キャンセルするわけにも行かず、 体調はベストにはできませんでしたが、 熱がでなかったので幸いでした。 おかげさまで暖かい台湾、湿度もあって、 半そでで十分でした。最高28度Cです。 でもアルコ-ルを飲むと咳が出てきて、 好きなビ-ルもあまり飲めない旅となりました。 こりゃそうそうにリベンジせねば~(^^)。 外れてよかった天気予報♪ 行く前には、ヤフ-の天気予報で、 世界の天気を毎日眺めていました。 週間予報になっていて、行く直前まで、 晴なし、くもりと、曇り時々雨が半々 というがっかりな予報でした。 行程ではまず当日台北におりて、 高速バスで台中まで行ってホテル泊です。 写真はその翌朝の風景です。 100万都市の眺めもいいですが、 空をご覧ください。 なんとみごとな晴ではありませんか♪ 結局その後の日月譚、高雄までは晴。 台北に戻ると曇り、きゅうふんで雨、 台北に戻って曇り、翌朝曇り+晴と、 まあまあの天候に恵まれました。 日月譚(湖)では、霧がかかることが多く、 快晴はガイドさんもはじめてということでした。 日ごろの善行の賜物でしょうか(笑) 日本兵として犠牲になった・・・合掌人 台中市ではまず、宝覚寺という 台湾にしては古いお寺にいきました。 そこは巨大な布袋様の コンクリ-ト像があることで有名です。 私達も写真を撮ってもらいました。 その脇にひっそり立っていたのが、 この慰霊塔。 なんと第二次世界大戦の時に、 日本兵として徴兵されて戦い、 犠牲になった台湾人兵士の慰霊塔でした。 そばには日本語で説明も書かれてありました。 おもわず脱帽し、手を合わせました。 台湾は親日で有名です。 それは日清戦争後の日本支配時代に、 インフラ整備をしたために、 台湾の近代化に功績があったからですが、 このような影の部分も 忘れてはならないでしょう。 それなのに親日であることのありがたさ、 韓国もそうなのに、全然対応が違います。 トロピカル・アイランド♪ 台中市から、台湾の中央部にある 日月譚という湖までバスで行きました。 途中の風景はもう南国そのものです。 台湾の中間部には北回帰線が走っていて、 その南部は熱帯、北部も亜熱帯です。 なんだか、昔の怪獣映画でモスラでも でてきそうな風景ですね。 他にもブ-ゲンビリアの木、 眠気覚ましで有名なビンロ-の木、 台湾バナナもなっていました。 温泉も多いそうですが、 暖かいので、あまり人気はないそうです。 陸上の海溝♪ この写真は南から北をみています。 地層が右斜め下に走っています。 実は、この地層、 ユ-ラシアプレ-トの東縁部に くっついた付加体だろうと思います。 普通は海溝部で発達する地層です。 台湾では、フィリピン海プレ-トの西縁 に乗っかっているルソン孤と呼ばれる部分が 東部(海岸山脈部)を構成し、そこに西から ユ-ラシアプレ-トが沈み込んでいます。 つまり二つのプレ-トの沈み込み境界= 海溝が陸地に出来上がっているような島です。 付加体ならば堆積岩の集合ですが、 奇岩をみていると、石灰岩が かなりしみこんでいるようにも思えます。 月の世界♪ エメラルドの伝説♪ 台湾のほぼ中央山間部に位置する湖、 日月譚(にちげったん)は、 英語では単純にサンム-ンレイク。 譚は湖、池などを表わすのでそのままです。 湖の形が丸い太陽の形=日と、三日月形=月が、 合体した形になっているからだといわれます。 その形も面白いですが、 この湖の色、エメラルドですね~ 実に美しいです! そばにある文武廟(ぶんぶびょう)から 撮影したのがこの写真です。 実は湖の中央に小さく島が見えているのですが、 その島、なんと1999年のあの大地震で 島の高さが数米も沈下したのだそうです。 そうです、ここはその大地震の震源地近傍です。 高雄の夜市♪ 台北で有名なのが、この夜市。 ここ高雄でもありました。 写真にはあまり写っていませんが、 沢山の人の波、波、波でした。 夕食後で、ツア-見学コ-スのため、 食べる時間はありませんでした。 機会があれば、是非また来て、 ゆっくり味わってみたいです。 愛河♪ 高雄の夜市を見た後、バスで ホテルに戻る途中にあったのが、 この愛の河です。 河口付近のゆったりとした流れと、 岸辺から対岸のビル群の 夜景や橋のネオン飾りも ム-ドを盛り上げてくれます。 ナイトクル-ズもやっていて、 川岸には沢山のカップル達もいて、 誰が言い出したのか、 まさに愛の河ですね♪ 選挙の町♪ 台湾の国政選挙ポスタ-です。 日本のようにサイズ制限がないようであり、 建物全面に、このように大きな、 垂れ幕のようなポスタ-を張っています。 各候補者の番号が付されているのは、 うまいやり方ですね。 行った日が、選挙運動最後の日でした。 うわさに聞いていたほど 激しくはありませんでしたが、 それでもあちらこちらから 爆竹音が聞こえてきました。 結果は野党の勝利だったようです。 夜の体操♪ 太極拳でしょうか。 高雄市内で夜市のあと、 ホテルから近くを散策した時に やっていました。 音楽にあわせて、ゆっくり踊るような、 なかなか良い感じでした。 バイク天国♪ ベトナムもそうでしたが、ここ台湾も バイクがやたらと多いです。 ガソリンスタンドまで、このように バイクの行列でした。 一方自転車がとっても少ないのです。 そういえば、ガソリンのお値段、 日本より安かったです。 どうしてでしょう? 百香果♪ この食べ終わった果物、 名前は中国語でバイシャンコウ。 百の香の果物とかきます。 高雄の朝、ホテルのバイキングで テ-ブルが同じだった台湾人に 教えてもらいました。 そう、パッションフル-ツですね。 その名の通り、すばらしい香りが 忘れられません。 日本に帰国して、休みに探しましたが、 夏に入荷するもので、今は無理とのこと。 あ~高くても良いから、 またあの香をもう一度♪ 菱(ひし)の実♪ 煎ってあるんでしょうか? 黒い皮をむくと、栗の実のような 白い実が現れます。 食べてみると、 そう、栗に似ていて、 なかなかおいしいです♪ 珊瑚礁の町♪ 高雄の町や港が一望できる丘の上に 建てられた、戦争犠牲者の慰霊碑。 その公園にあった岩です。 ふとみると、それは珊瑚礁化石です。 ベトナムのホ-チミンでも良く観ましたが、 ここ高雄も珊瑚化石の多いところ。 この珊瑚礁化石は、 昔のユ-ラシア大陸東縁に 形成された付加体です。 実は台湾と中国大陸は 台湾海峡を隔てていますが、 段々近づいています。 遠い将来、台湾は中国と合体するでしょう。 その時に中華人民共和国と中華民国は おそらく存在しないでしょうが。 龍の口から入り♪ 虎のうちから出る。 龍の口から入って幸いを手にして、 虎の口から出て、災いから退避する。 そういういわれを具現化した高雄市の 蓮池譚にある建物です。 約10台湾元(約40¥)を寄付として 収めて中に入り、塔の上まで上って、降りて、 虎の口の方から出てきます。 私は疲れて汗をかきたくないので、 上らずに出ました。 とっても中国的な眺めで、 台湾を代表する景色でもあります。 台湾縦断特急♪ 高雄は台湾の南西部にある港町です。 人口160万人、横浜のようなとても素敵な町です。 台北は人口270万人、東京のような町です。 その間を特急列車で4時間半かけて上りました。 でも後1月程度で、台湾新幹線が開通します。 日本の700系相当でかっこよい列車です。 それにのると、1時間半に短縮されるそうです。 咳の天敵、紹興酒♪ これで、咳がぶり返しました。 でも本場の暖かな紹興酒は、 なかなか美味でしたよ~♪ 横浜中華街からの古いお付き合いですが、 最近は、とんとご無沙汰でした。 咳は幸いにもコンビニ(7-11)で見つけた 龍角散のど飴をなめて何とかしのぎました。 THE GRAND HOTEL♪ 円山大飯店は、 THE GRAND HOTELと言われるように 格式が他のホテルと違う凄いホテルです。 元の台湾神社の地に建てられ、 迎賓館としてつかわれた歴史があります。 無知とはおそろしいもので、 写真で観たときには、 建物の上に屋根がついてるなんて、 変なデザインだな~と思っていましたが、 間近で観て、びっくり仰天でした。 世界でも何本かの指に入る 超一流ホテルです。 名画「非情城市」の舞台♪ 非情城市で名高い、 この町「きゅうふん」は、 金鉱山の町から、 観光地として復活しました。 上の2枚のショットは、 町のほんの一部に出来た いわばつくられた風景ですが、 なぜか心の深奥を刺激する、 不思議な風景です。 休憩所でいただいた台湾茶に 癒されました。 ・ ・・ ・・・ ・・・・ ・・・・・ 日清戦争に勝利してから、 太平洋戦争に敗北するまでの50年間、 日本は台湾を実質支配しました。 その日本時代に金山が開発され、 金鉱石の採掘、精錬が実際にこの地で 行われていました。 ここが日本が掘った最大の抗口(第8番抗)です。 乗り継ぎのバス亭より観た海の景色。 雨にかすんで、遠い昔が見え隠れしています。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ ・・ ・ PS:台湾映画「非情城市」は、 1989年のベネチア映画祭で 金獅子賞を獲得しました。 以下映画の解説より引用します。 ---1945年、第二次世界大戦集結直後の台湾。とある港町で酒家を営む林一家は、中華民国から流入して台湾を統治する"外省人"の横暴に苦しめられていた。そんななか、耳の不自由な四男・文清は、仲間の思想家たちと新しい台湾のありかたを夢見ていた。心優しい看護婦の寛美と恋を育み、障害を抱えながらも幸せに暮らしていた文清だったが、1947年から始まった凄まじい弾圧が、台湾の民衆を苦しめはじめる。知識人をはじめとする"本省人"たちは次々と逮捕され、文清もまた追われる身となるのだが…。 第二次世界大戦後の激動の台湾を舞台に、歴史に翻弄される一家の愛と悲しみを描いた年代記。 --- のっぽタワ-♪ これが世界一のタワ-か、 その半分のタワ-か、 ちょっと忘れてしまいましたが、 とにかく高いタワ-です。 (多分こちらは低い方) 台北101といわれる、 101階の建物は、まさに世界一のビル。、 その前の世界一のマレ-シアのビルを 抜かしての世界一のっぽビルです。 でも良く聞くと、景色を展望するなら 半分のビルのほうが良いそうです。 101は市街地中心から少し外れていて、 それにとにかく高すぎるんだそうです。 日本の東京には地震が怖くて、 とてもそんな高層ビルは立てられません。 台湾も地震国ですが、 台北はユ-ラシアプレ-ト側だから 大丈夫という事なんでしょうか? そういっている矢先に、 先日台湾で地震がありましたね。 ビルの上にいて地震が起きると、 東京での私の体験では、7階か9階での 場合でしたが(記憶があいまい)、 とてもユックリゆれるようです。 隣のビルを観るとわかりました。 早く地上に降りたいと思いました。 一方気が付かない人も結構いました。 地上101階では 一体どんな感じなんでしょうか? 故宮博物院の「翠玉白菜」♪ ここがかの有名な故宮博物院です。 旅の目的の大きな一つです。 中はこのように大変な混雑でした。 世界4大博物館の一つと いわれる故宮博物院には、 凄い芸術作品が沢山あります。 現在一部の拡張整備工事のために 全部見ることはできませんでしたが、 とても広くて、それで十分でした。 その中でも特に観たかったのが、 例の有名な清の時代の「翠玉白菜」。 遂におがむことができました。 凄い作品です! モチロン写真撮影不可ですので、 かわりにリンクをつけました。 ここをご覧ください。 石灰岩の花♪ 台湾のホテル内のお土産店(石主体) の店頭においてあった物です。 あいにくお店はもう終了していて、 聞くことはできませんでしたが、 きれいな石灰華です。 台湾では石灰岩が多く採れて、 温泉も多く湧き出していることから、 熱水から析出する石灰華も、 あちらこちらでできるのでしょう。 幅は約1メ-トルありました。 なお、有名な北投石の原産地は 台湾の北投温泉ですが、 台北の比較的近郊にあります。 衛兵は瞬きせず♪ 中正紀念堂は蒋介石元総統の 偉業を讃える建築物です。 内部にある蒋介石のブロンズ像の 両脇には直立不動の衛兵がいて、 一時間ごとに交代式が見られます。 これが必見! 次の交代する衛兵と 銃を投げ合って交換したり、 くるくる回したりするのですが、 それが一糸乱れないパフォーマンスで、 見終わった時には観光客が みな拍手喝さいするほどです! その衛兵、なんと両脇に居る時には なんと仰天、瞬きをしないのです。 ウソみたいですが、本当です。 この衛兵は、戦争に散った英霊を讃える 忠烈祠(日本でいえば靖国神社?) にもいました。 衛兵さん本当にご苦労様です。 偽名に注意!!♪ この緑色の中国蛍石についた名前は、 なんと冷翡翠原鉱です。 胡散臭い名前ですね。 金髪晶とは何か?♪ 金色ルチル入り水晶なんですね。 効能書きが凄いです。 台湾キャッツアイ♪ クリソベリルキャッツアイが 台北で売られていました。 書いてある通りです。 でも、金具もめっきで、 値段もクリソベリルキャッツアイ とは思えない安さです。 じゃあ何か? そのときには わかりませんでした。 ここにあるタイタックというものも 同類のように見えます。 帰国してからも心の隅で 気になっていました。 先日久しぶりで地質標本館へ 行きました。 その写真はまた後日出しますが、 そこでなんと、台湾で売っていた キャッツアイとそっくり品が! これです、タイワンキャッツアイ! これってアクチノライトだったんですね~ 皆様だまされないように。 おっとアクチノライトといえば、 私もスッカリだまされて アクチノライトでないものを 軟玉としてつかまされました。 我ながら恥ずかしいことでした。 とにかくお土産店では 石は買わない方が良いですね。 |